東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)44号 判決 1968年6月13日
原告 森武一
被告 裁判官訴追委員会
右代表者委員長 中村梅吉
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
本件訴状(昭和四三年二月二二日付)、請求趣旨変更申立書(同月二五日付)、準備書面(同月二三日付)、字句挿入による修正申立書(同月二三日付)、準備書面二(同月二八日付)(これらの書面によれば、被告を裁判官訴追委員会長灘尾弘吉と表示しているが、これは裁判官訴追委員会右代表者委員長灘尾弘吉の誤記と認める。なお現在の委員長は中村梅吉である。)請求趣旨変更申立書(同年四月二〇日付)、準備書面(同月二一日付)、準備書面(同月二二日付)、準備書面(同月二三日付)、再請求趣旨及請求原因変更申立書(同年五月八日付)、釈明書(同日付)によれば原告の本訴請求の趣旨は、
「一、被告が昭和四二年一二月一八日付をもってしたT裁判官の不訴追決定を取消す。
二、訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めるというにあり、またその請求の原因として主張するところは、
「一、原告は、昭和四二年七月二二日、被告に対して、大阪高等裁判所T裁判官に対する裁判官弾劾の申立てをしたが、被告はこの申立てを、同裁判官の判断事項を攻撃したものであるとして、訴追しないと決定した。
二、しかし、原告は、右裁判官の判断事項を攻撃したものではなくて、その職務上の義務を怠ったのに対して、弾劾申立を行なったのであるから、被告の右不訴追決定は違法である。
よってこれを取消す旨の判決を求める。」というのである。
そこで、本訴請求の適否について審理するのに、
憲法第六四条第一項は、「国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。」と定め、弾劾裁判所を国会に設けているが、これは、裁判官に対する弾劾の裁判を公正に行なわしめるため、司法裁判所とは別な系統の、かつ、独立の機関によって裁判をすることが、妥当であるとした趣旨と解するのが相当である。従って弾劾による裁判官の罷免は弾劾裁判所の専権に属するから、司法裁判所は、弾劾裁判所のなす罷免の裁判に一切関与しえないものというべきである。
次に弾劾に関する事項については、憲法第六四条第二項により、国会法(第一二五条乃至第一二九条)及び裁判官弾劾法が制定せられ、これらによって裁判官訴追委員会及び裁判官弾劾裁判所の各組織、権限が定められている。
そして、裁判官弾劾法によると、訟追委員は独立してその職権を行うこと(第八条)、訴追委員会は衆議院議員たる訴追委員及び参議院議員たる訴追委員がそれぞれ七人以上出席しなければ議事を開き議決することはできず、その議事は出席訴追委員の過半数によって決するが、罷免の訴追又は罷免の訴追の猶予をするには出席訴追委員の三分の二以上の多数で決することとされていること(第一〇条)、何人も裁判官について弾劾による罷免の事由があると思料するときは訴追委員会に対し罷免の訴追をすべきことを求めることができること(第一五条)、訴追委員会は情状により訴追の必要がないと認めるときは罷免の訴追を猶予することができること(第一三条)等が定められ、罷免の訴追をするかどうかは訴追委員会の裁量にゆだねられていることが明らかであり、訴追委員会の不訴追決定に不服のあるものがその裁量の当否を争いうることを定めた規定はない。このような訴追委員会の組織、権限等と弾劾裁判所の前記のような独自性とを合せ考えるならば、訴追請求があったにかかわらずこれに応じた罷免の訴追をしないことに対して不服があるとしても、訴追委員会を被告として、司法裁判所に行政処分取消訴訟を提起することはできないものといわなければならない。しかるに本件請求はそれ自体裁判所の裁判権に属しない事項を目的とするものであるから、不適法というほかはない。
以上のとおり、本件訴えは、不適法であり、かつその欠缺は補正することができないと認められる。よって、民事訴訟法第二〇二条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官 小木曽競 佐藤繁)